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都心の荒廃について


この事の背景には何があるんでしょうか。

産業革命時、人々が製造業の分野に職を求め、地方から都市部へと流入してきた。産業の大規模製造化は、都市部の人口爆発を引き起こしていくのである。この産業界の大きな変化に加え、都市計画が19世紀の終わりから20世紀のはじめにかけての大きな変化に追いつけなかったことで、貧相で不健全な都市環境が形付くられていく。

都市部におけるインフラ整備は、明らかに不十分な水準であった。輸送(特に自家用車の普及)や通信面での変化によって、都市部に備わっていた利点が失われていく。第二次世界大戦が終戦を迎えると、郊外の発展を目指す政策が投じられ、それが都市周辺地域の郊外住宅地化を引き起こしていく。このような政策を通じて、都心部から離れた郊外地域のインフラ整備の予算が組まれていく。アメリカでは「ホワイト・フライト」が起こったように、人種差別もまた、多くの人々が都心を捨て郊外へ移ることでスプロール現象を引き起こしていった要因である。戦後の西洋経済は、工業製品を海外から調達するようになっていき、製造業からサービス業へと産業の中心が切り替わっていく。
製造業とは異なり、サービス業は、一極集中を必要としないので、都心部の縮小が続いていく。都市周辺地域の郊外住宅地化が進めば、交通手段の整備が進むために、都心部に務める人々も仕事を続けたままで、郊外の大きな家に住むことができるようになった。
アメリカでは、特定警戒地区指定化といった米国連邦住宅庁(FHA)による差別的な住宅ローン政策を実施していくことで、合衆国政府は都市周辺地域の郊外住宅地化を推し進めていった。後に、アイゼンハワー大統領の下で、州間高速道路の建設が行われていくと、さらに都市の空洞化が進んでいく。北アメリカでは、このような傾向は、郊外型大型ショッピングセンター、雇用サービスセンター、低密度の住宅環境などに特徴付けられる。アメリカ北部の都心部では、軒並み、人口減少や貧困化が生じてきた。都心の地価が下落し、経済的に恵まれない人々が流入してくる。
都心に流入してきた貧困層は、1920年代?1930年代にかけて南部から移り住んできたアフリカ系アメリカ人である。伝統的にヨーロッパ系白人たちの集住地となってきた地区に、アフリカ系アメリカ人たちが流入してきたことで、人種間のいさかいが高まり、郊外への転出が加速していった。東ヨーロッパでは、状況が少し違っており、18世紀?19世紀にかけて都心部から郊外へと人々が移っていったのは、政策によって都心に形成されていたスラムのクリアランスを行うためであった。ヨーロッパ大陸やオセアニア大陸では、大都市の歴史的中心地区は、比較的裕福な状態を保っている。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年12月10日 20:51に投稿されたエントリーのページです。

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